おにがしま


映画批評家      鬼塚大輔      による映画評その他なんだかんだブログであります。
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キネマ旬報 2017年9月下旬号 No.1756

キネマ旬報社 (2017-09-05)
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「エイリアン: コヴェナント」(Alien: Covenant, 17)

 「プロメテウス」に続き、リドリー・すっと監督が手がける新三部作の第二弾。

 テラフォーミングのため、2千名余の入植者たち(人口冬眠中)と共に宇宙を行くコヴェナント号の乗組員たち。突然のアクシデントで船長(意外な大物俳優が演じているが、何にでも顔を出す人なので、案外有り難みはない)ら数人が死亡。謎の電波を受信したことで、発信元の存在する近くの惑星に、生き残りの乗組員のうち数名、そしてアンドロイドのウォルター(マイケル・ファスベンダー)が降り立つこととなる。

 タイルとのところでジェリー・ゴールドスミス作曲による第一作目のメロディが聞こえてきたので、ぎょっとした。その後も、一作目へのオマージュとも取れる場面が続出。元々の「エイリアン」フランチャイズへの原点回帰の要素もある。

 しかしながら、もともとの脚本は、より「プロメテウス」に近い哲学的内容だったのを、「プロメテウス」の興行成績が期待値を下回ったために、スタジオ側の要請で「エイリアン」の要素を強めて全面改稿したという事情からか、「人間の起源は?」、「人間とアンドロイドの違いは?」と、哲学的な問いが前面に出てエイリアンが単なる背景になってしまう場面もあり、全体の統一感はない。

 スコットは最終的に「エイリアン」の世界と「ブレードランナー」の世界を一つにするつもりなのだ、という根強く囁かれている噂が説得力を持つのは、「エイリアン」だけでなく、「ブレードランナー」をも明らかに意識したセリフや演出が存在するからである。

 とまあ、木に竹を接いだようなところあるのだが、スコットの演出はさすがにがっちりしており、またショック演出も盛大にサービスしているので、退屈させられることはない。

 ファスベンダー二役のアンドロイド同士の対決場面は、急に演出が雑になって、おやおやと思わされるのだが、これは続くエイリアンとの対決場面のサスペンスを増すための意識的な処置なのだろう。

 それはいいのだけれど、終幕に用意されているツイストが結局予想の範囲内に収まっているのは残念なところである。

 とまあ、楽しんだり、不満だったり、懐かしかったりの122分。次で綺麗にまとめて、「エイリアン」一作目に繋ぐとのことだが(イロイロな意味で)さてさて…。

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# by broncobilly | 2017-09-24 10:26 | 映画評

「ブラック・ミラー: サン・ジュニペロ」+「ヒットマンズ・ボディガード」

 後期が始まっているけれど、祝日で講義がないので午前中はずっとエミー賞授賞式を観ていた。

 最初から最後まで、トランプ大統領への、と言うか、トランプに代表されるアメリカの保守化に対抗したような内容になっていて、「多様性」を前面に押し出したり、フェミニズム的な色彩も強かった。「九時から五時まで」を封切りで観て爆笑したオールド・ファンとしては、ジェーン・フォンダ、リリー・トムリン、ドリー・パートンがそろい踏みして「私たちは80年のあの作品で、低劣な性差別主義者と闘った。2017年の今でも闘っている」とトランプに喧嘩を売ったのが、今日のハイライトであった。

 最優秀ドラマ・シリーズ賞を受賞したのが、前評判の高かった「ストレンジャー・シングス」ではなく「侍女の物語」(マーガレット・アトウッドが登壇したのには驚いた)だったのも、現在のアメリカ社会の流れに対して、リベラルなショービズ界がフェミニズムの立場から反撃した結果のようにも思える。
 ノスタルジーよりも現在の戦い。

 最優秀テレビ・ムービー賞を受賞した「サン・ジュニペロ」がNETFLIXで観られるので、早速チェックしてみた。でもこれ、「ブラック・ミラー」っていうオムニバス・シリーズの1エピソードだけど、テレビ・ムービー扱いでいいのかねえ。「シャーロック」の1エピソードも、この部門にノミネートされていたし、よくわかりません。

 それはともかく、観てみたら、いきなり設定が1987年で、「ロストボーイ」の看板は映るわ。マックス・ヘッドルームは登場するわで、「おいおい、ノスタルジーじゃん! だったら「ストレンジャー・シングス」でいいじゃん!」と突っ込んでしまったのだが、続きを見ているうちに納得した。

 これねえ、何を書いてもネタバレになるので、何も書けません。

 ただし、受賞も納得の素晴らしい出来で、SFの傑作であり、ロマンスの傑作であり、しかも切実な社会的テーマも反映されている。

 そしてなによりも、「侍女の物語」同様に、現在の保守的な流れに'多様性'の立場から異議を唱える力強い物語になっていた。

 ほかのエピソードもチェックしなくては。

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 その前にやはりNETFLIXで「ヒットマンズ・ボディガード」をチェックしたのだが、しかし、オソロシイ時代になった。三週連続全米興収No.1で、現時点でもトップ10圏以内にいる作品が、劇場ではなくiPadで合法的に観られてしまうのだから。画面は小さいが、BOSEのブルートゥース・スピーカーに音を飛ばせば、とりあえず気分は出る。

 ライアン・レイノルズ扮するプロのボディガードが、国際裁判所で裁かれる独裁者ゲイリー・オールドマンの悪行を証言させるために、因縁のある殺し屋サミュエル・L・ジャクソンを護衛しなくてはならなくなる。

 ほんとうはインターポールが護衛しなければならないのだが、内通者がいるので刺客が引きも切らないのである。インターポールのエライ人を演じているのがホアキン・デ・アルメイダなので、内通者が誰なのかは犬とか猫にでもすぐにわかるだろう。劇中でもすぐにも正体を明かしている。

 このことからもわかるように、ストーリーの面白さや捻りよりは、レイノルズとジャクソンの漫才的掛け合いと、派手なアクションのつるべ打ちで一気に見せてしまおうという作品。その意味ではとても楽しませてくれる。

 最近脇役が多かったジャクソンが魅力全開で大暴れ。レイノルズは受けに廻る芝居ながら、身体能力全開で、長廻しの格闘場面も見事にこなしている。

 「エクスペンダブルズ3」の時は、レイティングを下げるために会社側からバイオレンス描写を抑えるように命じられていたパトリック・ヒューズが監督。「ランボー 最後の戦場」はバイオレンス描写が過激すぎて想定したほどヒットしなかったと考えたミレニアムのエライ人が、「エクスペンダブルズ3」の描写を温和しめにするように命じたのだ。公開前にネットに全編が流出したこともあり、「エクスペンダブルズ3」は興行的に振るわず、スタローンは、バイオレンスを強めていればもっとヒットしたはずだ、とあとで愚痴った。

 ミレニアムのエライ人、またまた考え直したのだろう、「ヒットマンズ・ボディガード」は振り切ってます。でも、ユーモアが先行しているので(それほど)不快なところはない。

 ひたすら大規模で派手な格闘、カーチェイス、爆発などは、「ジョン・ウィック」や「アトミック・ブロンド」で食傷気味になっていないこともないこともないこともないのだが、「ジョン・ウィック2」のローマや「アトミック・ブロンド」の壁崩壊直前のベルリンのように、アクションの背景がヨーロッパだと、アメリカが舞台(まあ、だいたいカナダで撮っているわけだが)なのとはまた違った味がある。アムステルダム運河でのスピードボート・チェイスなんかはやっばり面白い。

 ヒューズ監督の感覚も今回は生かされていて、ヘリコプター爆発からジャクソンの立ち姿に繋ぐあたりなど、構図の感覚で見せる。

 サルマ・ハエックが演じるジャクソンの妻も面白かったし、大いに楽しんだのだが…。

 やっぱり最初は劇場で観たかったよ。
 
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  「キネマ旬報」最新号明日発売。連載は日本SF大会でのピーター・トライアスさんのこと。「ドリーム」特集で作品評も書きました。







# by broncobilly | 2017-09-18 17:58 | 映画評

「ジェーン・ドウの解剖」(The Autopsy of Jane Doe, 16)

 不可思議な惨殺現場で発見された身元不明女性の遺体'ジェーン・ドウ'が、父子で検死官を務めるブライアン・コックスとエミール・ハーシュのもとに運ばれてくる。記者会見前に結果を出して欲しいという保安官の依頼により、夜間に検屍を進める二人だったが、遺体内部には様々な拷問の痕跡があるにもかかわらず、外見からはそれがわからないなど、不審な点が次々と明らかになっていく…。

 というような設定だと、(1)超自然的なホラー
 (2)様々な謎に最終的には合理的な説明が与えられるミステリー・ホラー (3)SFホラー の三つの流れが予想されるわけだが、早々と可能性の一つが消え、続いてもう一つの可能性も消え、上記三つのうちのひとつであることがはっきりとする。

 後半か終盤で、もう一度ひっくり返ると面白いなとは思ったが、そこまで捻ったシナリオではなく、パターン通りのサゲであった。その他、怖がらせるためのあの手この手もパターン通りで意外性はない。

 では、つまらなかったかというとそんなことはなく、検屍の過程がそのまま「謎の解明→新たな謎の発生」の反復に直接結びついてスピーディーだし、「トロール・ハンター」で注目されたアンドレ・ウーヴデダルの演出も不思議な雰囲気を醸し出している。

 父親の役はマーティン・シーンが予定されていたのが、スケジュールの都合でコックスに交代したとのことだが、ぼくはコックスの渋い演技のファンなので、まったく問題なし。やはり巧い人だ。監督はコックスとハーシュが、亡き妻/母についての思いの丈をぶつけ合う場面が特に気に入っているとのことだが、確かに良い場面になっており、全体としても、ほとんどの場面が二人芝居であるコックスとハーシュの息が合っている。

 シチュエーションの面白さに、演出と演技の良さが加わっているだけに、シナリオにもう一押しあれば小傑作になっていたのになあ、とは思う。

 それでも、決して悪くはない。こういう小品をスクリーンで堪能するというのも、劇場での映画鑑賞の楽しみである。

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# by broncobilly | 2017-09-14 08:24 | 映画評

「ディストピア パンドラの少女」(The Girl with All the Gifts, 16)

 多くの人間がゾンビ化したらしい近未来。軍事施設に隔離され実験材料とされている特別な子どもたちの一人メラニー(セニア・ナニュア)を単なる実験材料としてみることができず苦悩する教師ヘレン(ジェマ・アータートン)、対照的にワクチン開発のためには子どもたちの命を奪うことも躊躇しないコールドウェル博士(グレン・クローズ)。施設の壁を破ってゾンビたちが侵入してきたため、メラニー、ヘレン、コールドウェル博士は、パークス軍曹(バディ・コンシダイン)と少数の部下たちと共に逃避行に出る。

 色々とはっきりしない設定が、薄紙を剥がすように明らかになっていく前半の語り口がよい。かなり鮮烈な描写もあるのだが、高性能の重火器VS.ゾンビという構図は散々見せられているので、さすがにこちらも食傷気味である。

 それでも新人ナニュアの達者で活き活きとした演技と、ぼくのご贔屓のアータートン(化粧気がなくても魅力的)の交流には胸を打つものがあるので、画面から目が離せない。

 ぐっと面白くなるのは脱出行が始まってからで、ゾンビ映画の定番をしっかりと守りながら、ホラーよりもSFの要素が強まり出すのである。

 ゾンビ誕生の原因と、人間に代わる地球の新たな覇者の誕生とが示唆されるあたりはワクワクする。

 コーム・マッカーシーの演出も、施設を出てからの方が神話的な神秘性が画面に横溢するようになって魅力が増す。

 ちょっと『蠅の王』みたいになっていくところもおもしろい。

 一つ残念なのはコールドウェル博士のキャラクターで、子どもたちの命を奪うことを躊躇しない冷酷さ、自分のの命と引き替えにしてにでも人類を救うワクチンを開発したいという高潔さの二つの側面を、さすがにクローズはがっちりと演じているのだが、描き込み方が足りないので単なる悪役になってしまっている。このキャラがもう少し深ければ、さらに良い作品になっていたはず。

 しかし、そんな不満も吹き飛んでしまうのが素晴らしい結末部分で、パンドラの箱が開き、文明が滅んでしまっても、'次の存在'に人類の記憶と知恵が受け継がれていくであろうという'希望'が見事な画になっている。

 ゾンビ映画としては異色。SF映画としては案外ストレート。どちらにしても楽しめた。

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# by broncobilly | 2017-09-07 12:40 | 映画評

「アトミック・ブロンド」(Atomic Blonde, 17)

 ベルリンの壁崩壊直前のベルリン。MI6の腕利き諜報員シャーリーズ・セロンが、西側スパイのリストを暗記した男'スパイグラス'を亡命させようとするが、敵か味方か正体の判然としない同僚ジェームズ・マカヴォイや、正体不明の二重スパイなども絡んで状況が混乱する中、様々な敵と死闘を展開する。

 勝手に現代の話だと思い込んでいたので、時代設定が以外で、ル・カレ、ジョン・ガードナー、レイ・デントンらが書いていた冷戦スパイ・スリラーを読んで育った自分としてはなんだか懐かしかった。内容の方も、裏切りに次ぐ裏切りとか、敵かと思えば味方とか、その逆とか、一昔前のスパイ・スリラー小説、映画を彷彿させて、これもウレシイ。

 現代的なのはアクション/バイオレンス描写の数々で、「ジョン・ウィック」の共同監督だったデヴィッド・リーチが監督しているので、とてつもなくスピーディである。世論も実に良く動く。「モンスター」、「マッド・マックス/怒りのデス・ロード」で'汚れ'に離れている人なので、血塗れ、傷だらけ、顔ぱんぱん、もドンと来い。「ワイルド・スピード ICE BREAK」では、ほとんどアクションを演じる機会のなかった鬱憤を、プロデュースも兼ねたこの作品で晴らしているかのようだ。

 ただ、語り口や、舞台となっている時期のロック/ポップ・ヒットを多用した音楽はヒップなものなのだが、先述したように物語そのものは一昔前のスリラーを踏襲しているので、「ジョン・ウィック」のような(実は)ファンタジーよりも、バイオレンス場面が陰惨に感じられることは意外で、ホラー映画の残虐描写などには耐性のあるぼくにも、相当辛かったりもした。

 ラストのツイストには、まあ、こんなもんでしょうという想いと共に、これでこそきっちり終わるんだよなあ、という満足感もある。

 マカヴォイの怪演、ジョン・グッドマン、トビー・ジョーンズらの存在感、売れっ子ソフィア・ブテラのピチピチした魅力も楽しいが、やっぱりこれはシャーリーズ・セロンの美しさ、(場面によっては)ヨゴレっぷり、そして強さを愛でるべき作品。

 そう割り切って鑑賞すれば、文句の付けようはない。



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 最新号。連載はブルース・キャンベルの回想録から。ジョン・G・アヴィルドセン監督の追悼文も書かせていただきました。





# by broncobilly | 2017-09-03 14:01 | 映画評