おにがしま


映画批評家      鬼塚大輔      による映画評その他なんだかんだブログであります。
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「PUSH/光と闇の能力者」Push (09)

 「ラッキーナンバー7」が、とても面白い作品だったので、同じポール・マクギガン監督の「PUSH/光と闇の能力者」にも期待していたのだが、どうにも中途半端な出来だった。
 アメリカ政府の兵器となっている超能力者達と、それを嫌って逃亡を続ける超能力者達。主人公のクリス・エバンズは念動力を保っている。未来予知能力を持つダコタ・ファニングと共に香港で別の能力者カミーラ・ベル(偽の記憶を他人に植え付けることができる)を探すのだが、政府からはジャイモン・フンスーらが追っ手として差し向けられ、香港在住のギャングたち(やはり能力者)も絡んでくる。
 と書くと面白くなりそうだが、あれやこれやと詰め込んではいる者の、脚本に太い幹がない。枝と葉っぱだけで出来ている。"木"ではなくて"藪"になってしまっている。
 香港映画界のスタッフを起用し、ワイヤー・アクションを多用しているあたりは面白いのだが(クライマックスの足場を使ったアクションもジャッキー・チェンの映画で観たことがあるぞ)、なにせストーリーに"芯"がないので盛り上がらないのである。こんな脚本を書いたデヴィッド・ボーラという人の過去の作品はなんだろうと調べてみたら、知っている作品が一本もなかった。ラストの投げッぷりも異様で、こんないい加減なストーリーをでっち上げておいて続編を作るつもりだったとしたら、相当な厚顔ぶりである。
 クリス・エバンズは「ファンタスティック・フォー」の時のように脇にいると画面が明るくなっていいのだが、中心となって作品を支えるだけのカリスマはない。カミーラ・ベルの美貌も生かされず、なんだか腫れぼったい顔をしている。これならぼろを着て顔も汚れていた「紀元前1万年」の時の方がよっぽど魅力的だった。
 そんな中で、やっぱり凄いなあ、と思ったのはダコタ・ファニング。子役から娘役への端境期にいる人だが、魅力的とか何とか言う前にとにかく上手いのだ。子役というのは、子供であるがゆえに技術がなく、そのために素朴な演技をして、それが実力と勘違いされ、"天才"などと言われることがままある。だが、ファニングは"子役"とは呼べない年齢に達していても、やはり自然で上手い。劇中で泥酔する場面があるのだが、撮影当時十四歳のファニングが完璧な酔っぱらい演技を披露するのだ。泥酔した経験などないはずなのに。まあ、ドリュー・バリモアの例もあるので、絶対にないとは言えないが。
 だが皮肉なことに、ファニングが上手く、クリフ・カーティスとかミン・ナとか地味ながら実力のある人たちが脇を固めているので、エバンズ+ベル主役カップルの陰が余計に薄くなってしまっている。
 予知能力なんかなくても、続編が作られないだろうと言うこは断言できる作品。

by broncobilly | 2009-11-15 09:05 | 映画評
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