おにがしま


映画批評家      鬼塚大輔      による映画評その他なんだかんだブログであります。
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「エンジェル・ウォーズ」(Sucker Punch, 11)

 静岡市内では日本語吹替版のみ上映とのことで、ことによったら字幕版を求めて東部沼津、西部浜松あたりまでは遠征も覚悟していたのだが、なんと静岡県内でも字幕版上映館0! 半端なアイドルやらお笑い芸人のために作品が台無しになっていては困ると思って、主役女優たちの声を誰が担当しているのかチェックしてみたところ、スフィア? 知らん・・・。ダスティン・ホフマンとシャロン・ストーンが出ていた、あのつまらない映画か?(古い) で、さらに調べると、このスフィアというのは大人気アニメ「けいおん!」に登場する少女たちの声をアテていた声優さんたちのユニットだとのこと。学生たちと話が合うようにと観始めた「けいおん!」だったが、第一話で「ついていけない・・・」と見事にギブアップした俺様なので、スフィアの声優さんたちには何の思い入れもないのだが、ジャパニメーションの強い影響を受けているという「エンジェル・ウォーズ」を人気アニメの声優さんたちの吹き替えで観るのも悪くはないわなあ、と半ば無理矢理自分を説得してから劇場のシートに身を沈めたのだが、この「エンジェル・ウォーズ」という作品。予告編などで予想していたのとは、かなり違った仕上がりになっていて、よい意味で期待を裏切られた。
 継父の虐待の結果、思いがけず妹を殺してしまった二十歳の女性が若い女性ばかりが入所している精神療養施設に入れられる。継父と病院職員のボスの陰謀で彼女は近くロボトミー手術を受けることに。その前に病院を脱出するため、彼女は病院内の仲間たちと共に脱出に必要なアイテムを集める。そして想像の世界での幻想的な戦いが、彼女たちの苦闘の象徴となると共に仲間たちに勇気を与える、というあたりは予告編で想像が付いていたのだが、実際に観てみると、その間にもう一つの世界が存在していた。この世界では療養施設が少女たちを娼婦として働かせている悪徳の巣で、職員のボスはその館のボス、ロールプレイングを通して患者たちを治療しようとしている女医は娼婦たちに芸を仕込むマダムなのである。華々しい戦闘が行われる世界と施設/娼館との区別はビジュアル的にもはっきりしているのだが、施設と館との境目は限りなく薄いものとして描かれる。
 ぼくはここにいたって宮崎駿の「千と千尋の神隠し」を思い出した。あの作品のヒロインも親の強欲の結果として特殊な館に送られ、”千尋”という深さを持つ名前を奪われ”千”というナンバーで呼ばれることになったように、ベイビードール、ロケット、スイトピー、アンバー、(ブルネットなのに)ブロンディなど、性的なイメージの付与された源氏名で呼ばれるヒロインたち。
 近々ロボトミーを施されることになっているベイビードールが踊ると、それを見ているものたちは忘我の境に入ってしまうらしい。仲間たちはその間にアイテムを熱め、踊っている間のベイビードールの意識がファンタジックな戦闘場面として画面に展開していく。
 何度か展開される戦闘場面は日本(?)の武士との対決、ナチスとの対決、ファンタジー世界でのモンスターとの戦いなど、それぞれ工夫が凝らしてあってスナイダーらしいビジュアルが画面一杯に展開する。荒涼とした世界を疾走する列車のビジュアルを見て、ぼくはスティーヴン・キングのダーク・タワー・サーガに登場するなぞなぞ好きの列車を思い出した。
 そして空想の世界での勝利が現実世界での解放に繋がってめでたしめでたし、となるのかと思うと意外な、しかしすこぶる感動的な結末が待ち受けているのである。ぼくは担当している「アメリカ文学史」の授業で次回アンブローズ・ピアスを取り上げようと思っているところだったので、こう来たかあ!と虚を突かれた。
 考えてみればザック・スナイダーなのだから単純なハッピー・エンディングが待っているわけがないわな。生き残るための旅と戦いを繰り返し描き続けるスナイダー作品では、社会とか世界は常に腐敗したものであり、戦いの炎で我が身を焼いて浄化することだけが真の自由への道なのだから。ベイビードールの運命と、ある人物の新たな旅立ちは、ぼくにとってまさにSucker Punch(不意打ちのパンチ)で、この一撃によってこれは忘れられない作品になった。
 ベイビードール役のエミリー・ブラウニングをはじめとする若手女優たちは皆好演しているが、年寄りの映画ファンとしては中堅、ベテランたちが気になる。ごひいきのカーラ・グギーノは今回もやはり巧いし艶っぽい。最近の作品ではすっかり老けて皺の目立っていたスコット・グレンが、異世界での賢者として登場するが、C.G.Iで加工されているのでやたらと若々しく見える。実はこれもラストの伏線になっているわけだが。病院/館のボスを演じるのは先週も「アレクサンドリア」で観たオスカー・アイザックス。「アレクサンドリア」でも悪くなかったし、「エンジェル・ウォーズ」では達者なソング&ダンスを披露してくれるので(どの部分でかは、ご覧になってのお楽しみ)、これからも注目しよう。
 心配していた吹き替えだが、最初の頃はセリフの音が隠っていて聞き取りにくくて困った。その内こちらの耳が慣れたのか、サウンド再生そのものがよくなったのか気にならなくなり一安心。スフィアの皆さんもがんばっているし、厨房に絡む場面では他の場面で「命令」と訳している語を「オーダー」としていたり、グギーノを演じている声優さんはラ行の音を巻き舌にしてキャラのポーランド訛りを表現していたりして、日本語版の演出、翻訳も健闘していると思う。
 予想していたものとは違ったが、別の意味でとても楽しませてくれた作品だった。

Sucker Punch
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by broncobilly | 2011-04-17 10:30 | 映画評
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