おにがしま


映画批評家      鬼塚大輔      による映画評その他なんだかんだブログであります。
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「預言者」(Un Prophete, 09)

 2009年度カンヌ映画祭審査員特別グランプリ作品ということで、ゲージュツを見せられるのではないかとおっかなびっくり出かけたのだが、これはとびきり面白いフィルム・ノワールでありました。

 アラブ系フランス人青年マリク(タハール・ラヒム)は刑務所に入ったとたん、コルシカ・マフィアのセザールから強要されて一時的に収監されていた重要証人のレイェブ(ヒシャーム・ヤクビ)を手にかける。セザールの手下となったマリクだが、徐々にしたたかさを身につけていき、外出許可日にはセザールからの命令を果たすだけでなく、少しずつ自らの麻薬密輸ビジネスを確立していく。策謀を巡らして所内のアラブ系グループとも関係を築くことに成功するマリクだったが、セザールからは屈辱的な扱いを受け続ける。そして、遂にマリクがセザールに牙をむく時がやってくるのだった。

 主人公が度胸と頭の良さで組織のボスに成り上がっていくあたりは、「スカーフェイス」をはじめとするハリウッド伝統のギャング映画のぞくぞくするような面白さがある。しかも収監されていながらだ。残忍な殺しにも躊躇しなくなるマリクだが、友人に対してはあくまでも忠実なあたり、観客の共感を呼ぶための人物設定もぬかりない。

 マリクは最初から図太かったわけではなく、最初の殺し場の不器用さゆえの修羅場は異様な迫力を感じさせる。しかもこのときの犠牲者であるレイェブが、その後マリクの周囲につきまとうのだ。このレイェブの亡霊が、(首にカミソリの傷は残っているものの)無残な姿でマリクに恨み言を言うのではなく、友人としてカジュアルに現れ、時には"予言"を与えるのが興味深い。マリクが垣間見ることになる未来は、ある決定的な局面で彼を救うことになるのである。

 殺人者となることをなんとかして避けようとしていたマリクは、心ならずもレイェブを殺してしまった罪の意識を、潜在意識の中に押し込めている。レイェブを殺した記憶と罪悪感は、抑圧を逃れて意識化しようとするわけだが、その際に心理的検閲をうけることで、"被害者"、"復讐者"としてではなく、"友人""神"としてマリクの目には見えるようになっているのだ、とぼくは解釈した。

 "神"であるレイェブの"予言"を託されたマリクは"預言者"となり、ついには自らを圧倒的な力で支配していたもう一人の"神"であるセザールから自由になるのである。

 ラスト、遂に出所の日を迎えたマリクの傍らにレイェブはもういない。新たな組織のボスとして第一歩を踏み出してマリクは自ら"神"になったからだ。だがマリクは人を殺めたことを悔いる心を失い、神を失い、本物のモンスターとなったのである。

 ジャック・オーディアール監督(共同脚本も)は、心理的、神話的構造を背景とした物語を絶妙な語り口で繰り広げて、2時間半の長尺を全く飽きさせない。マリクを演じるラヒムは、ナイーヴさと芯の強さを感じさせる演技で観客を引きつける。セザールを演じるニエル・アレストリュプ(最近、どっかで見た顔だなあ、と思ったら「戦火の馬」で優しいおじいちゃんを演じていた人だ)は、貫禄、残忍さ、邪悪さ、そして権力を失った時のわびしさ、などをもろともに表現して、ラヒムと共に作品を支える大きな力になっている。


 日本での公開規模は小さいが、刑務所ものはなるべく狭い劇場で観た方が感じが出ると思うので、チャンスのある方は早めに映画館に出かけることをお勧めします。間もなくDVDが発売されるが、わざわざ劇場へ出かけるだけの価値はあるは
ずだ。




 劇場公開で見逃したら。


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 ライミ版「スパイダーマン」三部作についてのコラムも寄稿しました。


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by broncobilly | 2012-06-05 08:10 | 映画評
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