おにがしま


映画批評家      鬼塚大輔      による映画評その他なんだかんだブログであります。
by broncobilly
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「ジャージー・ボーイズ」(Jersey Boys, 14)

 ブロードウェイのヒット・ミュージカルの映画化。ポップ・グループ"(フランキー・ヴァリ&)ザ・フォー・シーズンズ"の結成から栄光への道、メンバー間の葛藤などを描いた、いわゆる "芸道もの"作品。

 クリント・イーストウッド監督作となれば期待しないわけにはいかないわけだが、いやあ、これはもうなんと言いますか、期待を遙かに上回る出来であった。

 "ザ・フォー・シーズンズ"の四人を演じているうちの三人は、舞台でもこの役を演じている役者たちとのことで、着慣れた舞台衣装のように役がしっくりと身についてしまっている。歌唱、演奏場面も堂に入っている。

 演奏場面だけではなく、ドラマの部分でも、とにかく"ザ・フォー・シーズンズ"の歌が入ってくるタイミングなど絶妙で、やはり譜面が読めて楽器を演奏できる人が演出をしていると、こうも違うのかと感動した。

 新メンバー候補がピアノで披露する新曲にまずはヴォーカルが乗り、ギターとベースのメンバーも後から加わってくるあたりの呼吸は見事の一言で、こういう絶妙な音楽演出をここまで見事に決められる人は、イーストウッド以外にいるのだろうか。

 ヴァリが女性と意気投合し、扉の向こうへ消えていくショットが一転して、教会の扉をくぐって画面のこちら側に来る結婚式後のショットに繋がるあたりなど、目新しいものではないのに、呼吸が見事なので惚れ惚れとさせられてしまうのである。

 繰り広げられるドラマ、描かれるエピソードは、実話をベースにしているとは言え、どれもありきたりのものなのだが(結局成功にまつわる喜びや悲しみといったものは、どれもこれも似たようなものになってしまうのかもしれない)、齢八十を越えたショービズ世界のサバイバーであるイーストウッド演出しているため、ひとつのひとつのエピソードに特別な重みと広がりが感じられる。
 長年ファンをやって来て、イーストウッドが決して褒められた家庭人ではない、ということを知っているこちらの、勝手な思い入れもあるのだろうが(そしてそれも、一人の映画人を追いかけ続ける醍醐味である)、成功を手に入れる歓び、それに伴う悲しみ、そのために失うもの、裏切られる悲しみ、裏切る痛みetc.をすべて実際に経験してきたはずのイーストウッドにしか出せない滋味が全編に流れている。

 ヴァリと、ある意味彼の恩人でありながら、彼に大変な重荷を負わせることになるトミーとの関係は、「夕陽のガンマン」でイーストウッドとリー・ヴァン・クリーフが、「続・夕陽のガンマン」でイーストウッドとイーライ・ウォラックが繰り広げた、欲望と怒りと憎しみと愛情と友情とが一緒くたになった男同士の関係を想起させ、ああ、イーストウッドは、やっぱりレオーネのテーマに戻ってきたんだなあ、と、これもまた勝手な思い入れで勝手に感動するのである。

 そんなこんなをすべて飲み込んだ上で時空を越えた祝祭空間を現出させる、ラストからエンド・クレディットにかけての流れは、もうお見事の一言で、陶然とさせられるしかないのである。

 「ジャージー・ボーイズ」。傑作です。




Jersey Boys: Music from..



 増刊号。「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」評を書きました。



by broncobilly | 2014-09-28 15:55 | 映画評
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