おにがしま


映画批評家      鬼塚大輔      による映画評その他なんだかんだブログであります。
by broncobilly
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「6才のボクが,大人になるまで。」(Boyhood, 14)

 主人公の少年メイソン(エラー・コルトレーン)の6才から大学入学までの12年間を,12年間かけて撮影するという試みのリチャード・リンクレーター監督作品。

 まず書いておくべきなのは,この試みが単なる思いつきや、「こんなやり方もあるんだね」という程度ではなく、驚くほど成功していることだ。

 成功の第一の理由はリンクレーターが,自分のアイデアに酔っていないことである。
 凡百の監督なら、アイデアを生かすために,ドキュメンタリ・タッチを過度に強めることでリアリティを増そうとし,帰って素材を台無しにしてしまっていたと思うのだ。

 「6才の…」では、ドキュメンタリ・タッチと、物語の語り口のブレンドが絶妙なのだ。

 少年を中心とする家族の十二年の変遷を描くのに,2時間45分という尺は一見すると十分ではないのだが,実は,これまた絶妙な省略がなされていたり、ちょっとした人物描写で,空白部分を観客が想像で埋められるようになっているなど、観る者は時の流れにゆったりと身を任せることができる。
 時の流れが一つ一つの瞬間に凝縮されるという,作品全体のテーマがシナリオと演出にも活かされているのである。

 もちろん、主人公を演じるコルトレーン、姉役のローレライ・リンクレーターの成長、母親役パトリシア・アークエット、別れた夫を演じるイーサン・ホークの容姿に刻まれていく年輪も,雄弁なまでに,敢えて描かれない部分を埋めている。

 劇中、登場人物が「フォレスト・ガンプ」を酷くくさす場面があるのだが、これは逆の意味でのオマージュだろう。「6才の…」は、21世紀前半版の「フォレスト・ガンプ」でもあるかのだから。9.11.,イラク戦争、金融危機などが、庶民の,少年の視点から描かれ、登場人物が使うゲーム機、携帯電話、PC、SNSなどの変遷、そして誰もが成長期に経験するはずの出来事や感情の動きの数々によって、観客は,スクリーンに登場している少年のみならず、自らの歩みをも意識させられることになる。

 そして、何と言っても,主人公に,そして登場人物たちに寄せられるリンクレーターの視線の優しさ、柔らかさが、「6才のボクが、大人になるまで。」という作品の最大の魅力である。

*附記。

 ホークの音楽仲間の役で、ボブ・ディランのステージで何度か(今年も)見た(聴いた)チャーリー・セクストンが出ていて,なんだか嬉しかったです。




ポスター A4 6才のボクが、大人になるまで。 光沢プリント



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by broncobilly | 2014-12-07 15:26 | 映画評
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