おにがしま


映画批評家      鬼塚大輔      による映画評その他なんだかんだブログであります。
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「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」Revolutionary Road(08)

 アメリカ映画協会が2002年に選んだアメリカ恋愛映画ベスト100(100 Passions)のトップテンを見ると面白いことがわかる。8位の「素晴らしき哉! 人生」を恋愛映画とするのはどうかと思うので勝手に外し、11位の「アニー・ホール」を繰り上げ当選とすると、驚くなかれ(と書くときは、たいてい驚いて欲しいとき)トップ10のうち、5位の「めぐり逢い」と10位の「街の灯」を除く8本が、主人公の男女が結ばれない悲恋を描いた作品なのである(10位も微妙)。
 ぼくたち観客はハッピーエンディングのラブロマンスを好んで観に行くが、本当に心に残るのは結ばれない恋愛なのだ。恋愛が永遠の美しさを保つためには、美しいうちに終わらねばならない、ということを、実はぼくたちはよく知っているからだろう。
 「タイタニック」はAFIの恋愛映画トップ100では37位と案外低いところにいるが、史上もっともヒットした悲恋映画であることは間違いない(とは言えない。貨幣価値の変化を計算すれば、いまだに史上No.1ヒット作は「風と共に去りぬ」であるとも言われる。ま、これも主人公男女が別れるところで終わるのだが)。
 「レボリーショナリー・ロード/燃え尽きるまで」は、なぜ「タイタニック」が悲恋で終わらなければならなかったのかを、イヤというほどわからせてくれる作品である。
 作り手の意図がどうあれ、レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットの「タイタニック」コンビ(キャシー・ベイツも入れればトリオ)再結集作ということになれば、特にリアルタイムで「タイタニック」を体験した世代にとっては、かの作品とこの作品を切り離して鑑賞することは不可能である。ぼくが公開2日目の日曜に出かけた劇場でも女子高生や女子大生の頃、ジャックとローズの悲恋に胸を焦がしたであろうちょっと大人になった女性観客の姿が目立った。
 「レボリューショナリー・ロード」には、ウィンスレットが隣人男性に、車の中で体を与える場面がある。これも作り手側はたぶん意識していないだろうが、「タイタニック」でジッャクとローズが自動車の中で初めて結ばれる場面と自然に呼応してしまう。
 ともに強い個性の持ち主だったジャックとローズが生き残って結婚生活を送るようになれば、「レボリューショナリー・ロード」の二人のようになっていたのかもしれないなあ、と思うと「タイタニック」と「レボリューショナリー・ロード」は美事な二部作である。
 それはそれとして、「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」を単独の作品として考えてみると、これはこれでイロイロと考えさせてくれる作品ではある。五十年代のアメリカ郊外を舞台に六十年代初頭に書かれた小説の映画化であるこの作品。ベティ・フリーダンの『フェミニン・ミステイク』をはじめとするフェミニズム論、ジェンダー論テーマの総まとめという感じがする。主役二人の演技も美事である。だが、不思議と胸に迫ってくるものがない。なんというか、頭でっかちな感じがする。サム・メンデス監督は異邦人ながら、いや、異邦人だからこそ、「アメリカン・ビューティ」、「ロード・トゥ・パーディション」と美事な"アメリカ"映画を作ってきた人だ。だが、前2作は「ロード」はもちろん「アメリカン」も、異邦人の視点で神話的アメリカを描いた作品だった。まさに暗い物語の中に"アメリカ特有の美"を追求した作品だったのだ。
 だが「レボリューショナリー・ロード」は、神話的な意匠を取り外し た上で、アメリカ的な現実に向かおうとした作品である。そのために、異邦人監督の限界が見えてしまっているような気がしてならない(「ジャーヘッド」にも、それを感じた)。ジェンダー論の教科書に書いてあるように苦悩し、ぶつかり合う男女が、ディカプリオとウィンスレットの熱演にもかかわらず型どおりのものに見えてしまうのだ。
 外国人記者の選ぶゴールデン・グローブ賞では高く評価され作品賞、主演男女優賞にノミネート(ウィンスレットは受賞)。アメリカ人が投票者の大多数を占めるアカデミー賞では、ウィンスレットは「愛を読む人」の方でノミネートされ、作品賞、主演男優賞ノミネートからもれる 、というあたりに外からの視点と内からの視点の違いが現れていると、ぼくは思う。ゴールデン・グローブでは無視されたマイケル・シャノンが、アカデミー賞を始め米国内のいくつかの賞で助演男優賞にノミネートされているのも面白い。彼が演じている人物だけが、苦悩"ごっこ"を勝手に演じているようにさえ見える主役二人の虚飾を剥がしてしまうような存在感を見せていたのだから。
 ぼくはこの作品を観ながら、ずっと「逢う時はいつも他人」(60)のことを思い出していた。評判のいい作品ではないが、最近観直して感心した。エヴァン・ハンター(エド・マクベイン)の筆になるこの作品は、「名付けられない不安」という言葉が一般的になり、郊外の安定した暮らしの裏側があれこれと論じられるようになる前に作られたものだ。低評価なのは時代を先取りしすぎていたからだと思う。「レボリューショナリー・ロード」と比べれば内容は大人しいものだが、ジェンダーと社会規範に縛られるアメリカ人の苦悩は実に生々しく描かれている。「レボリューショナリー・ロード」が気に入った人にも、物足りなかった人にも観て欲しい作品だ。
映画・ドラマ

by broncobilly | 2009-01-26 19:32 | 映画評
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